緑の黒髪

 

ラブホのライターばっかり使っている。家にあるライターの7割はラブホから持ち帰ってきたものなんじゃないだろうか。しかも別にその場しのぎという訳でなく、しっかりガス欠するまで使ってしまう。そうしてライターが部屋の隅に積み重なっていく。ホテルの電話番号の印刷が薄れないままに。

ラブホからライターを持ち帰るという行為にも最初はしっかり信念があった。煙草を吸い始めてすこしたった頃に、初恋のひととラブホに行ったというブログを読んだのが始まりであったと思う。その人はライターを大切に持ち帰って、その感情を「甲子園の砂を持ち帰るような」と形容していた。なるほどねと思った。わたしは甲子園に行ったことがない。というかそもそもバスケ部だったので、似たようなことをするには体育館のフローリングをぶち抜かなきゃいけなくなる。幸いにもわたしは器物損壊罪に問われたことはないので比喩の先の本当は分からないけど、たぶん、そう。高校球児の前で性の話とかしちゃってなんかごめんね。

4年間片思いをしていた。確実に一目惚れだった。好きになった日付まで覚えている。まだ健康増進法とかそういうのがない時で、好きな人は自分より歳上で、煙草を吸う人だった。はじめて会った日、ふたりでファミレスの喫煙席に入って彼がテーブルの上にマルメラの箱を置いていたことを覚えている。わたしはまだ高校生だったからお父さんの吸っていたネクスト以外に触れたことがなくって、その光景がやけに新鮮に映った。わたしの脳裏にはあの緑が今でも目に焼きついている。何年か経って初めて口にした煙草はアメスピだった。バイト先の飲み会で酔っ払った夜。煙草なんか何でもないじゃん!と思ったその後コンビニで買ったのはやっぱりマルメラで、別に4mgでも良いのにねとひとりウケてた。

わたしの好きだったひとはめちゃくちゃいい男だった。全部綺麗だった。詳細を語るのは普通にキモすぎるのでやめるけど、黒と青が一等似合うひとだった。惚れ惚れするくらい、たぶん本人が嫌っているところですら、わたしはあのひとに関する褒め言葉として綺麗以外の形容を知らない。それくらい。性格はまあちょっとどうなの?と当時の友人や今の自分は言うけれど、それもまた好きで仕方なかった。

そして彼と一緒にいる時、最後までライターを持ち帰ることはできなかった。

もしかしたら忘れただけで持ち帰ってるのかもしれない。でも手元にはない。どこかで忘れたりなくしちゃったりしたんだろう。それまでと言われたらそうなんだけど、わたしが俗物であるように彼もきっと俗物だしそうだと知ってるんだけど。手元にライターがないから何とも言えない。

4年経った自分には好きな子がいる。確実に幸せをくれた子がいる。今わたしの世界でいちばん好きだ。艶々した睫毛を寄せて笑う顔がとびきりかわいい男の子。いじらしくて不器用でこどもっぽい。彼もまた喫煙者なので、コートのポケットからちょっと引く量のライターが出てくる。その中にはもちろんラブホのライターだって混ざってる。こんなんなんぼあったっていいですからね。そうやって集められたのが、きっと思い出とは別ものに、実用的な意味で。わたしだってそう。便利だからもらっとこみたいな感じであるやつを持ち帰ってくる。だっていくらあったって足りないもんね、ただのモノだから。

「めちゃくちゃ煙草吸うね」って笑う君に凭れてまた火をつける。下戸じゃない君の横。君よりめちゃくちゃ吸うし、記憶の中の彼よりもずっと吸うよ。本当は全部覚えてる、ライターなんてなくても。形がなくても。

人生って全部エゴだし思い出でたまにオナニーするくらいが健全よねとひとりごちながら、今もマルメラを吸っている。