あしかがフラワーパーク
元彼にTwitterブロ解されてた。お前が始めた物語だろ!と思ったけどよく考えたら別に全然わたしが始めてたな…と思って、アツい。特に悲しさとかはなく、終わりは大抵緩やかな顔をしていると知った。ふ〜〜ん。
コミュニティがそもそも違うので二度と会うことはないだろう。隣町に住んでいるけど、顔を合わせたことはなかったし、普通にそのうち越すだろうし。だからきっと、あの4月が最後だ。もっと顔見とけば良かったな。顔が好きなんだから。顔、鬼好き!(クロちゃん)
お前はわたしなしで幸せになるんだろうね。わたしはお前がいても不幸だったよ。ふたりが一緒にいる未来は、きっととんでもなく最悪で甘やかで、全部が破綻しただろう。人間サマ(笑)をたらふく食わされた生成AIが見る夢みたいに。ない話をしようよ。ずっとさ。お前といちばん笑いあえる女は悪夢のかたちをしていて、魘されるみたいに気持ち良くって、いつも二日酔いみたいな不快感がある、このわたししかいないんだって分かっちゃおうよ。テメエのロジカル信仰でぴかぴかに磨かれた脳みそへ刻み込んじゃおう!まあもう別れたんでずっととかないんですけど…笑
「鬱?笑」と言ったお前は生きることなんざ怖くないだろうから、特別に怖がらせてあげる。今夜はお前の寝床に花が降る。あの日贈ったような人工の淡い黒薔薇をたっぷり降らせるよ。わたしがお前を思って部屋の隅を眺めた分だけ。泣く程ではない、吐き気みたいな痛みの分だけ。今日を終えても思い出したように散るであろう花弁を見ていて。怖いね。怖いだろ!これがお前の罪だ!メルヘンでオカルティックな贖罪ごっこをしましょうよ、双方の。ねえごめんね。どうかただただ気味悪がって、45Lのゴミ袋に生ゴミと一緒に押し込んで。そんでちゃんと燃えるゴミに出してね。我々の町はね、確か月・木が燃えるゴミの日でしたよ。まあお前は分別とかしねえか…。した方がいいと思う。普通に。
なあ。あなたの未来が幸福でありますように。とびきり不幸でありますように。正味どっちでもいいんだけど。あなたの生活のかたちが、ただただあなたに合うものでありますように。さよなら。わたしの紫の上!愛してるよ。
2025春の交通安全運動
社会人とかいうのを始めてみた。まだ1週間、たかがであるがされどでもある。スーツに袖を通してパンプスを履いて。明るいオフィス街には致死量のサラリーマンがいる。ここに居るみんながみんな社会人とかいうやつをやっているのかと思うと尊敬ばかりだ。どこかの企業の、大きなエントランスのガラス扉。わたしの全身が映る。真っ白なブラウスと真っ黒なスラックスはわたしにはちぐはぐで、正直あんまり似合っていなくて、けれど自分ではない "そういうひと" としては非常にそぐわしい様にも見えた。
いつかまでのわたしはかなりというか、どう考えても凡そ社会人ではないだろう見た目をしていた。オーバーサイズのスウェットやミニスカートばかりのクローゼット、足元にはヒールが10cmを超えるブーツ。髪は大体青か紫、色落ちしても明るくて綺麗なグレーになるから。ネイルはスカルプが好きだった。その方がたくさんかわいらしいパーツを乗せられる。そうして、極めつけはメイク。別にわたしはそうおもっちゃいないけれど、みんなが地雷系とかギャル系ってゆうからたぶんそういう類の、自分のためにカスタムしたわたしだけのメイク。きっとあれはボルドーと呼ばれるのかな。紫みたいな赤のお気に入りのアイシャドウとリップ。それらを一軍として、毎日メイク?とかゆうやつ?笑をやっていた。少なくともわたしに訪れる毎日のためには、それらが必要だった。必須とも言えた。
その自分にとっての当たり前である毎日は、とある学校を選んだことで変わった。そこは就職を目標とするものだったので、授業などで社会の当たり前を教えてくれるのだ。ま、こんなに通念常識を叩き込まれたのはおそらく自分だけで基本的には就職にプラスになることを学ぶ場なのだが。そういうところに、1年ほど所属していた。
変化は緩やかだったけれど、確実だった。まるで侵食みたいに。最初は服装。さすがに多少のお目溢しは頂いていたが、そも作業室(カリキュラムは座学だけでなく実習もたくさんあった)に入るには本来脚を隠している状態でないといけない。そりゃそうだ。鉄骨切れる機械とかがいっぱいあんだから。なのでまずはわざわざ長いパンツを買いに行き、それを穿くようになった。次は靴。実習中は絶対に安全靴を履かなきゃならない。だってその辺にビスが落ちてるなんてザラだし。何より割とでかい脚立に上るのだ。ヒールなんか履いてられない。てかヒールで2m弱の脚立上ったことある?笑 マジで怖いからやめた方がいいよ。あとはなんかさすがにやる気アピールしないとヤバくね?と思って、就活解禁に合わせて黒染めしてみたり(派手な色で求愛アピールするタイプの鳥みたいな髪にしても「ふーん」しか言わなかった被扶養者が、この時ばかりは驚いていた)。マジで嫌!!!!と喚きながらネイルをオフしたり(本当に嫌すぎて実技分野の卒業試験はスカルプ着けた状態で受けたし、こんなの初めて♡と先生に言われた)。そんなふうに当たり前らしきあれそれに、ちょっとずつ、変わっていった。
けれど、どうしてもメイクだけは手放せなかった。もはや嫌とかじゃない。これがわたしだから。鬱病だかなんだかになってから、色んなのが苦しくて。おんもって怖い、怖いんだ。だから自分を守るために、粉をはたいて、真赤を纏って。唇の上や鼻先や頬へ、きらめくハイライトをのせた。その瞬間だけ、大丈夫だと思えたから。世間様に出ていける気がした。けれど全然マジでキチガイの様相ではあるので、そんなこと言う?みたいなちくちく言葉や、なんかもうそれ誹謗中傷じゃない?みたいなデカ悪口をもうそれはそれは浴びた。浴びてきた。それでも、わたしにとってメイクは手段だったからやめなかった。そもそもクソブスだもん、ブス嫌だもん。この顔大嫌いなの。そうでしょ?あなたも。けど、やっぱり、言われなくたってずっとわかってたけど。駄目なんだってさ、これ。正しくないんだって。
先生は「面接や仕事に行く時はさておき、週末には好きなお化粧をすればいいよ」とほにほに笑っていて。まあ普通にめっちゃ嫌だな〜とは思ったけれど正しいものは正しいので。そぐわないことだけは元より薄らわかっていたから。だからその通りにしていたし、その代わり週末は絶対に絶対にいつものメイクをするんだ!わたしの、いちばんのお守りを取り戻すんだ!と意気込んでいたのに。生きる術として大事に抱えていたのに。
できなくなっちゃった。いつものやつ。
鏡の中の自分の目元に赤をさす。探し回ってようやく見つけた頃には廃盤が決まってしまってたので、在庫を買い占めたやつ。目頭にジェルアイライナーで切開ラインを引いてから、アレ?こんなだったっけ?と首を傾げた。ア、そういえばカラコンが仕事用のやつだからか。15mmのクソデカいのにする。休日用にウキウキで買ったやつ。カラコンなんかデカければデカい程いいですからね…アレ!!?!なんか違うな!?!?!!ニンジャナンデ!? 焦ってずっと "いつもの" をしていた頃の写真を見返す。結論、全然もっとアイライン長かったし切開ラインガッツリ引いてるし下まぶたは真っ赤だった。よく考えたらそうだ。アイラインは5mくらい引くぜと気合い入れてたし、切開ラインはスプラのイカ(ヒトの姿の方)みたいだと自認してたし、下まぶたは塗れば塗るほどコリは全部目のトコですけど…?はにゃ…?という顔ができるわなと思っていたので。は?だからお前のコスメの減り早いんだよ。
それで、やっと気付いた。もうあんなふうにはできない。やらないんじゃなくて、できなくなっちゃったんだ。もういつものは、いつもじゃなくなった。日常は塗り変わって非日常としてそこに佇んでいた。
涙が出そうだった。嘘。普通に泣いたし、今もこの文章を書きながら泣いている。何より、画像の中の自分にびっくりしたことが悲しかった。ずっとずっと縋っていたあのメイクを、自分を守ってくれた(或いはそれで守らざるを得なかった)あの、愛すべきお守り!馬鹿みたいだけどアイデンティティだったのだ。世間様には後ろ指さされたって、わたしだけのメイクは自分にとって本当に正しく、わたしだった。それが自分自身だった。だから、わたしはもうどこにもいないんだと分かってしまった。
大人たちや他人様はきっと喜んでくれる。よかったねと言う。変なお化粧じゃなくなったね、って。他だってそうだ。薬をいっぱい飲んで抑うつばっかりのわたしを見て、癇癪がなくなった!キチガイがマシになった!えらいね、がんばったね。成長したね。楽になったでしょう?って。褒められるのはうれしいし、そッスね笑とか言うけど。じゃあ今までってなんだったんだよ。前とかいう時の自分が馬鹿みたいじゃないスか。この数年なんだったんですか、なあ。きらきらとして自己同一性が崩れていく。自意識が宙にとろけて、馴染むみたいにきえてった。どんどん自分が分からなくなっていく。明るくてそれはそれは素晴らしいお外とかいうやつはわたしのお守りを、今まで身にまとってきた全て、アイデンティティごと身ぐるみ剥がして。数年間これでどうにか生き延びてきたわたしをまるでわたしじゃなかったみたいに、切り離して。こんなん言ったってしょうがないし、キチガイが噛み付いてるだけだし、他責も他責でいい加減にしろよって話なんだけど。でもおかげさまで、有難いことに、自分がどこにいるんだかさっぱり分からなくなってしまった。いなくなってしまったのかもしれない。そんな訳って絶対にないのに。足場がない。立ってられない。立つ身体もないのかもしれなかった。くらくらするなかで、他者からの賛美だけが響く。ああ。きっとあなたがそれでいいというのなら、そうなんでしょうね。もう一度だけいつものメイクを探す為に鏡を覗けば、レッテルと手帳でラベリングされただけの空っぽがそこに立っていた。
わたしはお守りをまだ抱き締めていたい。あの日々の延長線上、まだ昏いところにいる。あの日々なんて言い方できないのに、したくないのに、けれど、そうとしか言えない。それ以外の言葉を語彙から掬い上げられない。誰かはわたしというスペクトラムを分断した。絶たれたあとの、どうかなんて知らないので。けれど自分だけは抱えていかないと、置いていってしまわないように。できなかった、もうわたしには。あの日々とかいう最悪にしてしまったのは結局のところ最終的に自分自身なのだろう。
わたしは他人に言えるような職場で働けるようになった。社会の歯車?とかゆうやつになれたのかも!と浮かれちゃう。誰も彼も、よかったねと言ってくれる。実際わたしもよかった!と思っている。かたちだけではあるけども。だとしたって、どの道一生そういうものにはなれないと諦めに近い気持ちでいたから。自分はアングラでずっと静かに息をするしかできない、おひさまなんか見れやしない、だってそんなんって相応しくないもんと拗ねていたから。けどもう逃げられやしないんだと観念してなんか色々やってみたら、なんか本当にそれに近づけちゃった!?のでマジですっごい嬉しくて。全然始まったばっかの癖して、ン…自分、いま社会人スけど…?という顔をしている。エアプなので。傲慢なので。
けれど、歪に構成されたあの頃。今も不安だけど、もっと怖かったときの。揺らいでいて狂乱で不安定だった、本当に最悪だった頃。もうわたしはあそこに帰らない。孵ったから。還りたくない、二度と戻りたくない。わたしは前を向いて生きていくんだと、やっと決めて。そうして、自分はどこにもいないなとだけ思った。
夢屋まさるを、殺します!
世の中は完全に分断されていて、それって夢屋まさるを殺したい勢と夢屋まさるを生かしたい勢らしい。生かしたい勢は夢屋まさるのクローンを作り続けているし、殺したい勢はクローンの夢屋まさるを殺し続けている。そんなふたつの勢力の狭間で、本物の夢屋まさるはどうしてるかっていうと、培養槽に大切に保管されているらしい。もう生きるとか死ぬとか、夢屋まさる自身の意思によるところではなく、果たしてそれは生きていると言えるのか?クローンとして生きる夢屋まさるは本物でないと言い切れるのか?そもそも夢屋まさるの死は死と呼べるものなのか?生命倫理って、生死って、そこに意味なんかあるのか?
夢屋まさる界隈ってそういうフェーズらしいです。普通に嘘です。
こんな机上の空論ばっかり捏ねくり回して目の前の本当にやらなきゃいけないことを放棄しているから、2週にいっぺんのペースで病院に通っているし同じペースで別のカウンセリングにかかっている。良くならない。ずっとずっと。
離人感、というか。自分のことなのに全然そんな気がしなくて、エ?そうなんすね笑みたいなことが多々ある。すばらしくどうでもよい、早く死んじゃえばいいのにと思う。苦しんでいてもどうせこんな醜い生き物だし妥当だし。はやく助けて、助けないで。どうせ助かんないけど。
わたしの人生なのに、わたしが生きてないみたい。悲しさや苦しさ、ままならない全てだけがあって、わたしを構成するものはないのにまわりに薄らとわたしっぽいものを形成させる靄みたいなのだけがある。変なの!変だよお前ずっと。キチガイだもん。
障害だけがあって、病気だけがあって、キチガイだけがいて。それがわたしの人生なんだって。こんなの本当に生きてるって言えますか。あヤベ笑これって夢屋まさる界隈だわ笑
なんかコイツ頭おかしいっぽいんでほっといて飲みとかいきません?笑
エゴイズムをシロップで希釈
ずっと外が怖かった。外が怖すぎて出られなかった時期があった。明けない夜を探して秒針を追って、明けゆく空に願いを溶かしていた日々が、確かにわたしにはあったのだ。
明けない夜はないという言葉は、励ましの一節として使われがちだ。夜は昏くてなんも見えなくて怖いから。先行き不安の一種のメタファーとして使われるのはまあ、かなり妥当であるよな。
でもわたしは朝が怖かった。
朝が来る、人々が起きてくる、人々はルーティンを飲み込む、ルーティンとは即ち歯車だ、歯車が動く音がする、社会は歯車だ。朝を恐れる理由は単純である。わたしはルーティンに乗れなかった。顔も知らない隣人は歯車のそこに組み込まれて、しかしわたしは違った。それだけだ。
怖い。怖いのだ。
外は戦場だ。他の人間にとってはもう少し位は優しいものであったのかもしれないけど。そんなことないか。まあわたしにとっては死を孕む戦場で、向かうには何かが無いといけなかった。それにわたしは過剰な程に盛り立てられた化粧を選んだ。というかわたしにとってはそれしかなかったのだ。他人との関わりを恐れたわたしにとって他を害する武器などは意味を持たず、最初で最後の防具としてはそれしかない。美醜は他人からの評価をかなり左右する。わたしは幼少期から可愛くない子供だったのでそれを知っていた。有り体に言ってしまえばどう足掻いてもブスな子供であったので、美しくないことがどうマイナスに作用するのかわかっていた。この辺は自意識が宿ると同時に知覚していた。今更傷つきもしませんで。
しかしながら外は残酷にきらびやかであった。ちょ、ギリ社会復帰初日のつもりなんだけどこれはちょっとやりすぎじゃない?(笑)…一般的にはこういうもんなの?そうかァ…となった。怖。
朝は相変わらず怖かった。でも逆に言えば怖くないこともあんまりなかったんだな。防具は死ぬほど否定された。それはまあちょっとわかってたので戯けるふりをして回避してみた。ピエロとして立ち回ることは何故か上手かった。気持ちよかったのかも、ピエロ。朝を朝として嚥下してた時期もそうだった気がするし。昏いとこから正気じゃない顔して出てきてみれば、そういうものということになった。そういうものであるわたしも受け入れてくれる寛容さがあったし。ありがて〜〜。そういえばわたしの化粧、ピエロに似てたな。そういうこと?
わたしは普通だった。いつからか朝が怖かった。ピエロになった日があった。それが気持ちよかった。そのままぐちゃぐちゃに腐った日々があって、迷惑をかけて、正気に戻ったりして。正気ってどこ?やっぱりそういうこと?
あの日突然話しかけてきた人間も、イレギュラーなメイクであった。あのひとも怖かったのかもしれない。外は怖いね。怖いなかで踏み出したその1歩を導いたのがあのアイラインだったのかもしれない。或いは抵抗。外は強制力がある。同調圧力で首を絞められて、掠り声がそういう形をしているのかも。まあ結局全部妄想であるので。そうでなければ良いし、むしろそうじゃない方が良いし、でもそうであったら。その時わたしは、誰か知らない人間のアイラインの為に泣いてしまうと思う。別に誰かは泣かれたくなんかないんだけど。けどそれは自己満足で、過去のわたしのために泣くことと同意だ。怖かったよな。申し訳ないけれど今も怖いよ。タイルの模様ばかり追って暮らしている。そうじゃなくなってる方が君にとってはいいよな。わたしにとってだってそうだ。でも、意味がわからず鏡を殴って恐れていた君はもう居ない。わたしはわたしのイレギュラーを包括的に愛している。ねえ、
誰かがわたしのことを全くまともではないと言った。誰かがわたしのことをまともではない風に偽っていると言った。正解とかはずっとわかんないなって思う。普通に知らんし。けれど、どちらの話もそうなのかもしれないねと飲み込めたのは最近のことだ。自分が誰かに評されることを飲み込めたのだ。これはきっと歯車の始まりだ。この歯車はうつくしいメタファーだ。
ぱっちりと覚醒したこの朝に怯えながらイレギュラーを描いている。手鏡は可愛くないわたしを映している。わたしは社会的秩序にしっかりと反していた。非常識であった。けど紛うことなく誠実であった。そうしてわたしの思想は、怖がりを愛したいような気まぐれでいた。
追伸:ピエロになりきれなかったつまんないわたしを怒って諭してくれたあの日々はありがとうね。
わたしとチャットと紅と
この文言、インターネットにズブズブの金子みすゞみたいでよくないですか?今回は0点の電子大喜利を披露したかっただけなのでこれで終わりです。パケットを無駄にしたことを悔いてください。以下最近のどうでもいい箇条書きすぎ日記です。
・酒飲みすぎ
酒がやめられません。全然知り合ったばっかの人間にすら心配される日々を送っています。最近酷い時は4L近く飲んでいるかもしれません。二日酔いにならないのが逆に怖いです。酒が飲みたすぎて食事を削る生活を始めました。現在1日の必要カロリーの半分以上を酒で摂取している状態です。分からないながらも内臓に負荷が掛かっているはずですし、近頃は喉が機能しなくなってきました。かなりウケます。しかし酒を飲んで気絶する以外に眠る方法がないので、あと人生できるだけシラフでいたくないので、この生活を続ける他ありません。痛くってもこれが生きる術なのです。ライフハックってワケ。知り合いの精神病患者(手帳持ち)にこの話をしたら「自傷行為すぎるしODしたら?」と言われたのでそれはしっかり無視しました。
・飯ドブすぎ
ダイエットすべく自炊を始めました。白米が好きすぎるのでなるべく摂取したいと思い、かなりの頻度でお雑炊を作っています。しかしあまりにも見た目がドブすぎる。最早美味しいのか否かすらも分からなくなってきました。職場にお雑炊弁当を持って行っては「汚すぎない?」という謗りを受けつつ無心で口に運んでいます。わたしは元々食べることがだいすきで、今でも人生のいちばんの幸福は食だと思っています。わたしを楽しくさせてくれたのは食でした。同時にひどく悲しい時や寂しい時に満たしてくれたのも、食でした。いつしかわたしは食をそれ自体の幸福として享受できなくなってしまっていて、食欲とは違うところを埋める手段だったり一時的なものとして無理やり吐き戻したりを繰り返すようになってしまいました。いつか食を心から楽しめるようになることを祈りつつ、今はドブを作り続けています(一応ドブ以外もちゃんと食ってます)。
・予定管理が下手すぎ
人生の空き容量がなさすぎてベランダで酒を冷やすことでおなじみのわたしですが、ストレージ不足にも関わらずまた仕事を増やそうと思っています。今はお花とキットカットのデイトレード・ふわふわおまんじゅうライン工のお仕事をさせて頂いております。次はサラリーマン専門スカウトのお仕事です。友人が合法ショタ専門スカウトをしているらしいので、恐らく誤差です。世間様に比べてかなり気ままに仕事をしている自覚はあるのですがその気ままさというのが自分の中で一種の恐怖となり、キャパシティ以上に仕事を詰め込んでしまっています。わたしは元来何も出来ない人間です。世の中のアベレージに達せず、血反吐を吐いてなお、誰かに迷惑をかけてすら、プラスにはなれないことを知っています。かなり人に恵まれての今、ようやっとどうにか立っております。しかし予定がない今日に予定がある明日を見ることが酷く辛い。それならばいっそと思い働いています。労働意欲は一切ないので毎日お客様をぶん殴りそうです。ここからでも入れる保険ってありますか?
・危険物ありすぎ
最近引っ越しました(2年前)。大人になると最近がバグるらしいという噂は聞いていましたが、こんなに顕著にバグるとは思ってなかったです。今住んでいる自治体は土地自体が危険な為か、ライターやガス缶等の危険物のごみ捨てについての詳細がどこにも書いてありません。逆にポイ捨てありなのかもしれないと思いつつ、育ちの良さ(笑)から捨てられずにいます。そのお陰で部屋の隅にライターが山積みになっていて、どれが使えるかもわからなくて、あの日がどこに行ってしまったか、わたしは知らないままでいます。それらを正しく捨てられていたのならば今のわたしはもっと正常であれたのかも、勿体ぶった言動が異常性に拍車をかけたのかも、とたまに我に返るけれど。ひとつを手に取って泣いてしまうほど幸せだったのは紛うことなく現実だったので。取り敢えず今はそのままでいいかしらと思うし、手に取るものがなくてももう特別へと成り上がってしまったからいいと言わせて欲しいなと願っています。だからいつかの机上の存在も、ずっと特別であって欲しいと思います。シラフの際の記憶力だけ無駄にいいのできっと一生忘れられません。そこに、燻る煙草だけがいるのです。ここまでしんみりと書きましたがやっぱりなんもなくても元より精神異常者ではあるので危険物は捨てたいです。ライター数十本あるの怖いから。
以上、金子みすゞに性別以外掠らない人間の近況でした。皆様ご自愛くださいませ。
すわ、
自らの浅ましさだとか、皺の薄くなった脳味噌だとか、気持ち悪いなあと思っている。フィードバックという機能がすっぽり抜け落ちちゃってるから思うだけ。明日こそは少しでも上手くやろうとぼんやり考えて、繰り返す。異端に満たない程の欠損。しかしながら世間様に弾かれるくらいには欠如。
お酒を飲まずに眠る夜が少ない身なのでいつでも睡眠の質が悪い。悪夢ばかり見ている。昨日も1ヶ月前も1年前も魘された。内容は都度違えどあまりに嫌なリアルに包まれていて、それが現実であるように感じて、もしかしたら本当は現実だったのかもしれない。悪夢・或いは白昼夢がずっと消えないでいるのもきっと欠けたどこかの悪戯なんだ。
何を継ぎ接ぎすれば社会に上手く嵌れるのかも分からずに任意のパーツを探す毎日を過ごす。歯車みたいな顔を一瞬だけする。その一瞬がめちゃくちゃ上手い自信がある。それは最早反射的な仕草で、自らが望んで繕った訳ではない。瞬きの間くらいはぴたりと合う形がわかるし、そうあれるのだ。けれど瞬間を切り抜いただけで自分の動作の中に蓄積されるわけではない。連続体で捉えられるわけはもちろんない。コミュニティに所属する時間が長い程に乖離を感じる。埋められないその隙間を。そうしてなんとなく疎外感を覚えるのだ。わたしは賢いので、誰かが望む人格のどれにもなれないことがわかってしまった。更に言えばわたしは馬鹿なので、それになる為に何を補って何を潰せばいいのかがわからなかった。
いっぱい御本を読むこどもでしたが、終ぞ人の気持ちは分からず、添えずにここまで来ましたよ。そういえば大人にもなれませんでした。女の子にも、誰かの大切なひとにも。なれませんでしたが、取り敢えずは死ぬことが叶わず、生きております。溜息を吸って循環し続ける人生。上も下もなく漂っている。何物でもない。ずっとそうだったよね。これからもそうでいることがお約束されていますもの。ぷかり浮かぶ様は醜くて、お似合いですわね。
わたしは名前が欲しかった。固有名詞としてのラベリングを望んでいた。傲慢だからこそ、他人の息を奪いたかったのだ。叶わない延長線上なので、有象無象にカテゴライズされた先で幸せな悪夢を見ている。
イレギュラーを貪っている。
雁首と椿・スペクトラム
そろそろ20+n回目の誕生日を迎える。脛から血を流しつつ大阪に向かったあの日から1年が経過したと思うと早いような気もする。しかし鬱病になってからというもの、時を重ねるという現象自体がめっきり億劫になった。本質的には、15歳の時にわたしはいちど死んでしまったのだと、そう願うような思い込むような気持ちでいる。
20+n歳のわたしは今、適当な仕事で身銭を稼いでいる。数年に渡って身をやつしているこの仕事はしょうもない自分にとって天職なのだと思う。主に勤務形態において(世の中の仕事自体にはしょうもないものとかないので)。わたしの過ごす日々は気楽だ。一般的なレールをよそに、ある種の暴力性を伴う許容だけがあるコミュニティのなかで、ある程度の正当を得ている。厳密に言えばわたしはコミュニティで絶対的な肯定を得たわけではない。基本的に許容を求めることは許容をすることと同じだ。マイノリティに付随する範疇の広さ(個人的には周囲の寛容とそれに期待した拡張)に甘え、自分とその関連領域への責任転嫁をするつもりはない。しかし理解とは一種の反芻と消化、つまりぐちゃぐちゃに噛み砕かれた志を自らに於ける異物として再度、それを何であるかなど端から認識せず嚥下することに他ならない。それは我々が何がしかのマイノリティである限り。多様性をざわめく現在にとっても似たようなことで、あなたにとって正しくないことがわたしにとっては正しかった。一対一の世界線にとってその考えは推奨されていても、境界線外の全ての他であるマジョリティは待ってくれない。貼られたレッテルがいかに正しくとも常にわたしはわたしの正しさを持っていて、けれども外側のラベルの正確性の高さと比例する程嘲笑されるべきなのだ。枝分かれしていく人生の中でわたしは確かに何度も選択を重ね、今を選びとった。相応しさとは乖離した世界観で健やかに息をしている。確かにわたしにはこれが正解なのだ。身体を職場に持って行って、にこやかに愛想を振りまいたりしなかったりして過ごす日々は正に気楽だ。有難いことにそこそこお金も頂いているし、生活に困ることもない。瞬間的にでもとっぷりと満たされている。自分のアドバンテージを多少なりとも目に見える形で得ている。他の誰でもないわたしにしか迎合出来ない欲求は己の承認への近道だ。この満たされた世界で、あと5年はきっとこんな風に生きていけるだろう。
でもわたしの人生は恐らく5年じゃ終わってくれない。
この先自分がどう生きてくかはわからない。ひとりで生きていくならそれでいいと思っているし、もしかしたら配偶者じみた存在がいるのかもしれない。どちらにせよ数歩進んだ先は闇に閉ざされていてここからは見ることができない。わたしにはどう足掻いても今の延長線上が明るくあるように思えないのだ。生活は全てを積み上げた先に立っている。過去も現在も未来も、全てを飲み込んで居座っている。反芻と消化だけで終わればいいのだけど、自分自身だけではそんなことなくて、何かを糧としなきゃどうにもならない。胃に消えるだけのあれこれでなくて、もっと生産的なスペクトラムの何か。誰にとっても変わらない。若さを切り売りする生活はキャリアを積み立てていくよりも分かりやすくて、簡単で、酷く脆い。仕事中や酒を飲む狭間で本当にわたしがしたかった生活を考えることがある。今となっては一笑に付されても致し方ない夢があった。もっと現在を消耗する前に、言い訳で消化不良を誤魔化す前に、叶えたい未来があった。他者に弄ばれたその屈辱を晴らしたかった。与えられた・育ってしまった自分に屈したくはなかった。全ては意味があり美しいのだと信じていたかった。そうしてただただ属人化しない生活がしたかった。その為の努力を捨ててしまったのは誰でもないわたし自身だったのだけど。
間違いを恐れずに言えば、わたしの罪は努力を怠ったことではない。ぬるま湯の中で息を潜める気持ちよさを知ってしまったことだ。
どうしようもないふたつめの生を享受しながら可能性と選択肢を懐古している。美しかったように見える過去から滴る、ありもしなかった甘い未来を舐めている。これは自傷ですらない。自慰行為に浸っているからこのままでしかいられないことをわかって、敢えてそのままにしている。これは罪だ。怠惰という、本当の罪だ。
窒息しない今を揺蕩う自分に問う。数年繰り広げたどうしようもない展望は気持ちよかったのかと。目先に囚われて捨てたチャンスは今になって正しく君を苦しめているのかと。答えの全てはYesだと分かっている。わたしはいつだって気持ちよくて苦しい。そうして追われる時間の中で合理性を全て失くして、飽き飽きした流動をチューイングしてるんだから。言っただろう、気楽だって。
快を他所にちりちりと背中を灼くタイムリミットを感じながら、わたしは再度の死を心待ちにしている。今はただそれが最後であることだけを願っている。